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仙山線の「つばさ」
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■1992-6-13(土) 東照宮-北仙台 485系 特急「つばさ」上り列車の後追い。あいにく、この時間に下り「つばさ」がなかったのでしょうが、後追い撮影だけを目的に待ちかまえるのは、私としては結構珍しいです。よほどこのロケーション&夕刻バリ順を気に入ったらしい(笑)。こういう場合に一応、反対を向いて正面も撮っておくことが多いのですが、そういうカットすら見あたりません

1日目だけで、熊ヶ根→山寺→作並→東照宮と4箇所での撮影を制覇しました。「つばさ」は1時間ヘッドとまでは行かなくとも、上下合わせれば結構な頻度で走っていましたから、ED78の貨物列車とあわせて撮影効率という点ではすこぶる良かったです。電車ですので上り勾配も下り勾配も気にする必要なし。1箇所1列車に鉄が集中することもないわけです。

イベント列車、特にSLは勾配の関係もあり、限られた唯一本の列車を、ほぼ決まった場所で皆で一斉に撮るパターンがどうしても多くなります。私はそうした状況に辟易し始めていた頃でした(それで俯瞰に走ったという面もあります)。皆で一緒に撮ることは否定しませんが、私自身の中で何かズレるものを感じ始めていたのは確かです。

しかしこの「つばさ」では、鉄の数は多くもなく少なくもなく、自分も含め皆が気ままに、そして自由にのびのび撮影していた様子が、非常に印象に強く残っています。趣味は本来こうあるべきで、その後の私の撮影スタイルに大きく影響を及ぼしたものだったと言えます。

もしこのとき、仙山線の「つばさ」を撮りに行っていなかったら・・・今の私は、少し違う人間になっていたと思いますね。


今回はあまり下調べもせず、ダイヤと地図と、鉄道雑誌で見た写真の記憶を持って、宿すら予約せず、行き当たりバッタリに近いものでした。この時期、仙台で泊まれないことはないでしょうし、万一ダメでも山形があります。何より、どうしても泊まれなければ東京に帰ってきてしまえばいいわけです。新幹線もあるし、夜行急行「八甲田」もある時代。

東照宮駅で撮影後、電車の待ち時間に宿の予約を取ります。1泊だけなので(翌日は山形泊を漠然と考えていました)、安さを優先させて、駅から少し距離があるホテルにしました。正しい鉄であれば駅の近くに泊まり、「つばさ」や夜な夜な「北斗星」のバルブをやるところなのでしょうが、私は夜勤明けで寝ていないので無理はしません。

電話で宿泊予約すると同時に、ホテルへの道順を訪ねると
「仙台駅を出てうんたらかんたら、踏切を渡ったらすぐ」とのこと。

    え?

    踏切あったっけ?

    だいいち、線路がある方角とは違うような気が・・・

と思いつつ、言われた通りに行ったら、仙石線の踏切でした。完璧に仙石線の存在を忘れていましたね。

翌朝は仙石線の改札口から入って、例の地下道を通って仙山線が発車するホームへ行き、電車に乗りました。あくまで「このほうが近道そうだから」という意図でこのコースを採ったのであって、地下道の様子などはよく覚えていないのが残念で悔やまれますが、地上時代の仙石線と、今は閉鎖されてしまった由緒正しき地下通路を、一応は見て、経験しているんだなぁと。(どう由緒正しかったかはこの辺)


■1992-6-14(日) 陸前白沢-熊ヶ根 485系 特急「つばさ」


■1992-6-14(日) 陸前白沢-熊ヶ根 485系 特急「つばさ」


■1992-6-14(日) 陸前白沢-熊ヶ根 455系


■1992-6-14(日) 陸前白沢-熊ヶ根 485系 特急「つばさ」


■1992-6-14(日) 陸前白沢-熊ヶ根 485系 特急「つばさ」前日に続いて、この日も熊ヶ根で下車。

本当は鉄橋の真下近くに行き、見上げるような感じで撮りたかったのですが、この深い谷。下り方がよく判らず、大迂回したあげくにここが限界でした。

今になって地図を見てみると、線路と国道の間に小さな堰? 橋? があるらしい。全然気が付きませんでした。

どう行けば、そこに辿り着けるんだろうか。廃道&籔漕ぎ?

いまだに謎・・・というか、このとき以来、仙山線には行っていないので、心に引っかかったままです。

この場所から撮っています

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デゴイチよく走る!
DB 鹿 宿