このページは携帯用に最適化されています。
パソコン用のページはこちら
機関車データベース
C62:C622
1948-05-20(木)日立製作所笠戸NO.1930 改造(ボイラーD52455) 配属 広島局 配置 糸崎区(着 6/14) 満鉄向けストーカー取付済
1948-06-19(土)使用開始 糸崎区
1950-08-11(金)糸崎区→宮原区(着 8/12)
1951-04:この頃 鷹取工場 冷蔵車レ10000の内装ステンレス板を型抜きしたつばめマークをデフに取付 キャブの手すりもステンレスに交換 正確な時期不明
1953-01:鷹取工場 重油併燃装置取付 
1953-08:この頃 日映科学映画製作所の記録映画「つばめを動かす人たち」の中でエンディング直前に特急つばめ2レ牽引機として宮原区から出区するシーンを撮影(デフにツバメマークあり)('55/8における特急仕業として2レ「つばめ」を8・11・19・31日に、4レ「はと」を6・17・29日に合計7日牽引、当時の配置両数での平均充当日6.2をやや上回る)
1955-01:この頃 日立製作所笠戸 標準ストーカーに交換? 正確な時期不明
1956-11-25(日)第一種休車(保留車)指定 宮原区(実機は吹田第一区にて留置)
1957-01-08(火)第一種休車(保留車)指定解除 宮原区
1957-01-19(土)鷹取工場 ボイラーを新缶に交換(某hpには'57/11/26付けとあるが?) 軸重軽減工事 標準ストーカー(自動給炭装置)取付済
1957-01-22(火)宮原区→小樽築港区(着 2/7 途中 苗穂工場に入場して耐寒工事実施の可能性あり) 達206号(達は'57/4/5付け)(達にある所属変更日は1/22だが、これはあくまでも達としての周知事項にすぎず、実機の着日と一致しないことが少なくない その場合、便宜上受け入れ側は貸渡し扱い・差出し側は借入扱い処理をすることになるが、双方が貸し借りの認識がないことも多い お役所の縦割り制度の弊害)
1958-01:苗穂工場 重油併燃装置交換
1963-04-01(月)現在 小樽築港区
1964-02-18(火)札幌から厚別までキャブにのった旭川まで行こうと誘われたがお金を持っていなかったので、厚別でおりて写真を撮った。感激でキャブ内の写真をとるのを忘れてしまった。
1967-12-13(水)苗穂工場 中検B 入場
1967-12-20(水)苗穂工場 中検B 出場
1968-03-31(日)現在 小樽築港区(なお、本機は小樽築港区のC62の中でも調子の悪いカマとして有名で、前補機仕業優先されたのはスワローエンジェル人気もさることながら、本務機に押されて走りなにかあれば可及的速やかに帰区しやすい運用を選択せざるをえなかったという話がある)
1969-03-01(土)苗穂工場 中検B 入場
1969-03-07(金)苗穂工場 中検B 出場
1970-07-28(火)苗穂工場 全検 入場
1970-08-07(金)苗穂工場 全検 出場 この全検以降は缶圧不足による蒸気不昇騰などの不具合が減少して乗務員の不満も多少解消したという
1970-12:この頃、急行ニセコの牽引終了も近付き、ファンサービスとしてファンを運転室に乗せる事も有った。筆者も12月某日、倶知安→小樽間103レに乗車させて貰えた。
1971-07:ニセコ三重連(本機=前前補機+前補機+本務機)実施(7/15・8/22・9/15の三日間 104レ-103レ 小樽-長万部間)
1971-09-15(水)C62牽引ニセコ最終日,三重連(104レ=2+3+15)(103レ=2+3+16),103レには“ニセコ”ヘッドマーク付
1971-11-12(金)借入 梅小路区 国鉄製作映画「蒸気機関車-その百年」の撮影用(山手貨物線経由 着 11/15) 撮影後 折り返し返却 小樽築港区
1971-12-14(火)苗穂工場 中検B 入場
1971-12-20(月)苗穂工場 中検B 出場
1972-06-18(日)鉄道100年記念特別企画 小樽-倶知安間 104レ牽引 C623との重連(7/2と7/9にも実施)
1972-08-27(日)さよならC62号9131レ・9232レ 小樽-岩見沢〜札幌間牽引(本機+C623+PC) 北海道での本機最終運転 
1972-08-30(水)第一種休車指定 小樽築港区

3ページ中 1ページ目を表示(合計88件)    1 | 2 | 3    [次のページ]  デゴイチよく走る!
DB 鹿 宿