このページは携帯用に最適化されています。
パソコン用のページはこちら
機関車データベース
C12:C12287
1947-09-26(金)日本車輌名古屋 NO.1489 新製 配属 門司局 配置 後藤寺区(着 翌月初め) 保存説明板には「日本車両工場新小岩」製造と記載あるが誤り 日本車輌製造の当時の国鉄車両製造は同社の本社工場(通称 熱田工場)のみであり、そもそも新小岩には工場がない
1949-08:この頃 後藤寺区→門司区 正確な時期不明
1949-12-07(水)門司区→鹿児島区
1951-08-15(水)13:18頃、鹿児島本線西鹿児島-鹿児島間を客318レの牽引機として約28km/hで力行走行中に起点397.8km付近で線路上に轢死体を発見(投身自殺? 戦後は終戦記念日に自殺する人間が少なからずいた) 警官に遺骸を引き渡し5分後に発車、鹿児島駅に6分延着する事故発生
1951-09-23(日)時刻不明、指宿線西鹿児島駅を混371レ(本機+現車9輌)の牽引機として3分延発した直後に運転掛が客車ナハ23740の四位側妻板内側から発煙しているのを認め、車掌に停止を急告 200m走行後に停止して消火後に再点検を行ったことで21分停車する事故発生
1952-05-30(金)14:00頃、指宿線前之浜駅構内にて混371レの牽引機として入換作業中に車掌がポイント転換後に機関車に飛び乗ろうとして足を滑らせ転倒し胸部打撲で全治3週間となる事故発生
1954-03:借入 南延岡区 返却日 不明
1954-10-01(金)現在 鹿児島区
1959-04-01(水)現在 鹿児島区
1964-04-01(水)現在 鹿児島区
1969-03-31(月)現在 鹿児島区
1970-01-26(月)鹿児島工場 全検 入場
1970-02-09(月)鹿児島工場 全検 出場 
1970-12-02(水)鹿児島工場 中検A 入場
1970-12-09(水)鹿児島工場 中検A 出場
1973-02:第一種休車指定 鹿児島区
1973-04-18(水)鹿児島区→南延岡区(着 4/19) 第一種休車継続中(展示説明板には'70/4に南延岡区に移動とあるが誤り 借入の可能性はゼロではない)
1974-02-09(土)第二種休車指定 南延岡区
1974-06-12(水)廃車(南延岡区) 工車203号 走行距離 1,243,398km
1974-12:大宮工場 保存用の整備を実施
1975-03-07(金)千葉鉄道管理局長と君津市長との間で無償貸与契約締結
1988-05:現在 小櫃公民館(久留里線小櫃駅裏)にて保存
2015-01:現在 小櫃公民館に屋根付きで保存継続中 前頭・後尾・右側面ナンプレ欠落(盗難防止?)のためペンキ書き 保存状態は並み ナンプレペンキ書きが盗難防止ならせめてレプリカを取付て欲しいところ 3Dコピーとか方法はあるはず

1ページ中 1ページ目を表示(合計23件)    デゴイチよく走る!
DB 鹿 宿