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機関車データベース
110:110
1871:Yorkshire Engine 製番164 国鉄10
1871:Yorkshire Engine Co., NO.164 新製 飽和式1Bタンク機 重量22.3t 軸重8.5t 国内の鉄道創業時の5形式 10輌の中の1輌 原型では大型火の粉止めを擁したダイヤモンド型煙突だったが後に普通のものに改装 汽車監察方クリスティが建築師長ボイルにあてた報告書では本機の性能に関してかなり酷評しているものの、修繕に修繕を重ねなんとかまともに走るようになった
1872-06-12(水)品川-横浜(現 桜木町)間仮開業(旧暦 5/7) この数か月前までには実機到着し、再組立て、慣らし運転などを実施 NO.10 配属 工部省鉄道寮 配置 横浜出張所 横浜発08:00及び16:00、品川発09:00及び17:00 所要時間各35分というから現在の京浜東北線並みの時間で走破 
1872-10-14(月)(旧暦 明治5年9月12日)東京(新橋)-横浜間鉄道正式開業式典実施 翌日より平常営業
1873:同年現在 東部局
1874-11:この頃 改番 NO.3 (京浜間の機関車を奇数番、阪神間の機関車を偶数番とするきわめて西洋的な改番)
1875:この頃改番 3
1875-04:現在 工部省鉄道寮(1877年に鉄道局に改組)横浜出張所?管内(1877年に新橋事務所に改組?)
1880-11:移動 神戸局
1880-11:横浜庫→神戸庫(京浜間での使用にあたり他機と比較して評価低く、阪神間の鉄道開業により都落ち)(この時期、まだ後の東海道本線は全通しておらず、移動は回船にて行ったと思われる)(本庫は1874/5/11付けの官設鉄道大阪-神戸開業に併せて開設 ただし、当初は機関庫という呼称ではなかった可能性あり)
1885-04:庫名不明(神戸運輸課管内)→庫名不明(新橋運輸課管内) その後 日本鉄道に貸渡 時期不明 返却日 不明
1886:同年秋 移動 江尻(現清水)
1887:同年冬 移動 東部局
1887-10:この頃 江尻建設事務所に貸渡(東海道本線建設工事に使用?) 正確な時期不明(東阪を繫ぐ路線が中山道案から東海道案に変更となり全線測量を終えたのが'86年末で確定したのは'87/9であり、それ以前に路盤工事のために使用することはありえない) 
1889-03:この頃 返却 庫名不明(新橋運輸課管内) 東海道線国府津ー静岡間は’89/2、静岡ー浜松間は’89/4に開通
1894-06-01(金)鉄道局により形式付与  A形 NO.3  配属 新橋運輸事務所 配置 新橋庫 入換専用機
1898-11-14(月)鉄道作業局により改形式 A2形 NO.3  配属 新橋運輸事務所 配置 新橋庫 入換専用機
1899:同年より1901年頃まで北海道鉄道庁で借入 113
1899:この頃 北海道庁鉄道部(北海道官設鉄道)に貸渡(某資料には別機番113とあるが?)
1901:この頃 返却 庫名不明(新橋運輸事務所管内)
1906:この頃 新橋庫 運転用以外使用(据付ボイラー代用)車
1909-10-01(金)改番 110 西部局?
1909-10-01(金)鉄道院車両形式称号規程により改形・改番 → 110形 NO.110  配属 西部局 配置 不明 その後 庫名不明(中部局管内)に移動 時期不明
1918-04-10(水)使用中止 達321号(鉄道フアン vol.6による 使用中止日なのか、達の日付かは不明)
1920-06:移動 東京鉄道管理局
1920-06:庫名不明(名古屋局管内)→庫名不明(東京局管内)(某資料による この時期は既に永久休車になっていたが展示用に移動したものと思われる)
1921-10-14(金)鉄道50周年を記念した鉄道博物館(神田万世橋)開館に併せて展示 しかし、ガード下の博物館敷地は静態保存するには狭すぎた
1923-12:保存展示 大宮工場参考品陳列館
1923-12:大宮工場 教習用カットボディ化し、鉄道参考品陳列館にて保存(某資料には'24/4/10付けで廃車とあるが誤り)
1923-12-17(月)廃車(品川庫?) 達13号(達は'24/1/14付け)(某資料に1918年?とあるのは誤り また、某資料には新橋庫とあるが、同庫は'14/12/29に東京庫に旅客列車運用機能を、1916年には品川庫に貨物列車運用機能をそれぞれ移管して消滅済みのはず) 形式最終廃車機

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